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京都地方裁判所 昭和26年(ワ)745号 判決 1957年4月25日

原告 山本かよ

被告 重乃為良 外一名

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は連帯して原告に対し金十三万一千五百円及びこれに対する昭和二十六年九月三日より完済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は被告等の連帯負担とする」との判決を求めその請求の原因として、原告は呉服商を営むもの被告重乃はもと京都市警部補として同市五条警察署に勤務していたものであるが、原告は昭和二十六年三月十二日かねて出入りしていた繊維商人訴外広政幸之祐から薄茶色フラノ十二着分、柄物服地十一着分、人絹プリント九反、人絹裏地三反を代金十五万円で買受けこれを占有していたところ、右物品は京都市中京区御幸町三条角洋服商訴外有本嘉助方において窃取された賍物で広政はその情を知りながらこれを買受けたものとの嫌疑により同月二十一日逮捕されると共に被告重乃は右事件の捜査主任として五条警察署の刑事数名を原告方に派遣し事件解決次第原告に返還し損害をかけないから右物品を証拠品として任意提出されたき旨告げしめたので原告は買受物件中当時手許に残置していた薄茶色フラノ十一着分、柄物服地九着分、人絹プリント九反、人絹裏地三反(金十三万一千五百円相当)につき領置の処置に応ずると共に翌二十二日同被告の呼出によりその取調を受け且つその指示に従い司法書士に依頼して原告が善意で右物品を広政より買受けたところ警察より賍物である由聞かされたので証拠品として任意提出するとの内容の始末書を作らせこれを同被告に提出した。しかるに翌二十三日午前九時三十分頃さらに同被告の呼出により出頭すると同被告は右物品は原告から提出するよりも広政から提出する形式にした方が同人のために有利であると告げられたのでいずれにせよ原告に損害が及ばぬようにするとの始めからの話に信頼して同被告がその部下である人羅刑事をして作成せしめた原告の供述調書に、別段これが読聞けを受けることもなく求められるままに署名捺印したところ、同刑事はその場でさきに原告の提出していた右始末書を破棄するに及んだ。後に至つて判明したところによると、右調書には原告が広政の右物品買戻しの要求に応じこれを承諾した旨仮空の事実が記載せられており、そのため爾後右物品は広政から提出し領置されたものとして取扱われ被害者有本に仮還付されるに至つたので原告は同月二十八日京都地方検察庁に対し右調書の内容が虚偽である旨の上申書を提出しその結果検察庁においてあらためて有本から右物品を提出させ領置していたところ、広政に対する第一審判決直後検察官は再びこれを有本に還付し原告はここに民法第百九十四条の抗弁権を喪失し原告提出の物品価格相当額たる前記金十三万一千五百円の損害を蒙るに至つた。元来右の如き場合被告重乃としては刑事訴訟法第二百二十一条、第二百二十三条、第九十九条刑事訴訟規則第四十一条、第四十二条に基ずき適式の調書を作成すべく然るときは判決において没収又は被害者還付の云渡なき限り当然差出人たる原告に還付せらるべかりしものであつたところ、同被告は右作成の義務をおこたるばかりか敢えて前記の如く事実に反する調書を作成せしめ(仮りに右調書の記載内容に近い供述を原告においてなしたとしても同被告としてはその真意の存するところを確かめこれを調書上明確にすべき義務を有しながらその義務をおこたり軽々に速断して右調書を作成せしめ)たため原告の前記抗弁権の喪失を来たすに至つたのであるから原告の蒙つた右損害は同被告の故意又は過失に帰因するものというべく同被告はこれを原告に賠償すべき義務があり、また被告京都市は国家賠償法に基ずき原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。よつて被告等に対し連帯して右金十三万一千五百円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和二十六年九月三日より完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだと陳述し、立証として、甲第一ないし第九号証を提出し、証人広政幸之祐、野田猛夫の各証言を援用し、乙第一号証の成立を認めた。

被告等訴訟代理人は主文第一項と同旨及び「訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、被告重乃がもと京都市警部補として京都市五条警察署に勤務していたこと、原告主張の日に同警察署員の求めにより原告がその主張の物品を任意に右警察署に提出したこと、同物品はもともと有本嘉助の所有にかかり第三者がこれを窃取し広政においてその賍物たるの情を知りながら故買したもので同人はその嫌疑により逮捕せられたこと、原告が右警察に始末書を提出したこと、右物品はその後有本に仮還付されたのち京都地方検察庁においてこれを有本より提出させ領置していたことはいずれも認めるがその余の点は否認する。広政は屋号を「すずめ」と称する貸席業を営んでおり且つ原告は広政が右物品を第三者より買受けるに当りその代金相当額たる金十五万円を広政に貸与しその債権の担保として右物品の質権者となりこれを占有していたにすぎず本来民法第百九十四条の抗弁権を有する場合に該当しない。仮りに右が理由なくまた原告主張の措置が被告重乃においてなされたのだとしても、これと原告主張の損害との間には何等の因果関係がないばかりか原告としては有本に対し損害賠償請求権を有するのであるから被告等に賠償を求むべき損害は存しない。いずれにしても原告の本訴請求は失当であると述べ、立証として、乙第一号証を提出し、証人中川幸一、小林太郎市、人羅治、岡部俊一の各証言を援用し、甲各号証の成立を認め、甲第八、九号証を援用した。

理由

先ず被告重乃に対する請求につき按ずるに、原告の主張は結局公共団体たる被告京都市の公権力の行使に当る公務員である被告重乃がその職務を行うにつき故意又は過失により違法に原告に損害を加えたものとし行為者たる被告重乃にその賠償を求めるというに帰するところ、かかる場合損害賠償の責に任すべきものは国家賠償法第一条の法意に徴しもつぱら公共団体にかぎられ行為者たる公務員自身は特に故意又は重大な過失の存する時にのみ当該公共団体より求償権を行使せられるにすぎず直接被害者に対し損害賠償責任を有するものと解せられないから、これと異なる見解に立脚してなす原告の右請求はその余の点につき判断を加えるまでもなく失当として棄却を免がれない。

次に被告京都市に対する請求につき按ずるに、原告はその主張の如き被告重乃の措置が直接原告に損害を蒙らせたとなすわけでなくそれに基ずきなされた検察官の訴外有本嘉助に対する還付があつた結果損害を蒙つたとするわけだから右還付が若し原告主張の如き損害を来たすものでないならば爾余の原告主張事実が全部是認されても結局その請求は棄却を免がれないのであるから、以下この点について検討する。先ず本件に関係する範囲において押収物とその還付等をめぐる法律問題につき説示すればおおよそ次のとおりである。すなわち、物の所持者がその物を任意に捜査機関に提出すると司法警察職員、検察事務官又は検察官はこれを領置することができる。(刑事訴訟法第二百二十一条、以下単に法という場合は本法を指称するものとする)。領置は押収の一方法であるから爾後その物は押収物として取扱われるに至るがここに賍物たる押収物と賍物でない押収物とにおいて若干の差異がある。ところで盗品の場合であつても所持者がこれを民法第百九十二条の要件をみたして取得した場合同条により即時にその所有権を取得すると解せられる(従来の判例によれば右の場合民法第百九十三条の特別規定により同法第百九十二条の適用をみないとなすけれどもこの見解に立てば動産取引において物の所持に公信力を認める同法の趣旨が没却せられ動産取引の動的安全の保護に副わない結果となる)のであるが、所持者が右の場合に所有権を即時取得するということと盗品が刑事手続上賍物性を失うということとは自から別異に考えられるべき事柄である。所有権はこのようにして所持者の取得するところとなつたにせよ、客観的にその物が盗品である場合には被害者は盗難時より二年間これにつき民法第百九十三条による回復請求権を付与せられその物を追求し得る立場にあるから刑事手続上その物は依然として賍物たる性質を失うわけでなく、賍物たる押取物として取扱わるべきである。そして賍物たる押収物については司法巡査を除く司法警察職員、検察事務官又は検察官は被告事件の終結前でも所有者、所持者、保管者又は差出人の請求によりその物を仮りに還付することができる(法第二百二十二条第一項第百二十三条第二項)し、その物が留置の必要なく被害者に還付すべき理由の明らかなときには被害者にこれを還付すべきものとされる(法第二百二十二条第一項、第百二十四条第一項)。またその物が後日裁判所により押収せられた場合には裁判所において被告事件の終結をまたず右の各処分を決定でなし得るし(法第百二十三条第二項、第百二十四条第一項)また被告事件を終結せしめる判決の主文で被害者に還付する旨の言渡をなすこともできる。この場合被告事件終結前決定で仮還付せられていても仮還付は押収の効果に消長を来たすものでなく依然として押収は継続していたのであるから裁判所は右同様判決主文において仮還付を受けている者とは別個の者に還付する旨の言渡をなし得る。その際判決主文に何等の言渡がないときはすでに仮還付を受けた者に対し還付の言渡があつたものと擬制される(法第三百四十七条第一、二項)。そして以上司法警察職員のなした処分に不服ある利害関係人は当該司法警察職員の職務執行地を管轄する地の地方裁判所又は簡易裁判所に対し準抗告を申立てその取消変更を求めることができ(法第四百三十条第二項)、検察事務官又は検察官のなした処分に不服ある利害関係人は当該検察官等の所属検察庁の対応裁判所に右同様準抗告を申立てることができ(法第四百三十条第一項)、裁判所の判決前の決定については抗告を以て不服を申立て得る(法第四百二十条第一、二項)。しかしながらこれらの押収物の還付についての処分ないし裁判はいずれも刑事手続内における一応の措置にすぎず終局的にその物をめぐる私法上の実体的な権利関係を確定したりそれに変動を来たす効力を有するものでないことは法第百二十四条第二項、第三百四十七条第四項の法意に徴してもまた刑事手続の目的が第一次的には主として国家刑罰権の適正迅速な実現に存する点からも明らかだといわなければならない。そこで刑事手続上押収物たる賍物に関してなされた前記の処分ないし裁判と民法第百九十四条との関係について考えると、同条が前記同法第百九十三条の一場合である点に徴し同条につきさきに説示したところと同じく所持者が同法第百九十二条の要件を具えてその物を所持するに至れば即時にその物の所有権を取得するに至るとなすべきであるが、被害者は盗難時より二年間その回復を請求し得る立場にある結果ひとたびその物の所持を回復した被害者に対し自己の取得した所有権を以てこれが返還を求め得ないというべきで、ただ被害者の右所持の回復が占有侵奪である場合にのみ占有回収の訴を以てさらにその回復を求め得るにすぎない。しかし、被害者のその物に対する所持の回復が占有侵奪とならぬ場合所持者は如何なる救済をはかり得るかが問題となる。けだし民法第百九十四条の所持者はその物の所持を始めるにあたり必ず対価を支出しているのであるから若し同条が所持者に対し被害者より同法第百九十三条の回復請求を受けた場合代価弁償をせざれば右請求に応ぜざるを得べしとする一種の抗弁権を認めた規定だと解するならば、占有侵奪によらず所持を回復した被害者に対してはもはやこの抗弁権を以て対抗し得ない結果となりその支出した代価は所持者の損害に帰するといわねばならないからである。しかしながら、右の場合民法第百九十四条は単にかかる抗弁権を認めた規定たるにとどまらず、被害者において終局的にその物の回復を欲するならば自己の支出した代価を弁償せよと請求し得る旨を認めた規定だと解するにおいては、所持者は物の所持を回復した被害者に対して右趣旨の請求をなし得べきものといわねばならない。これに対する被害者の態度はいつたんその物の所持を回復しはしたが代価弁償を欲せずとして物自体を所持者に引渡すかまたは終局的にその物の回復を欲して所持者の支出した代価を弁償するかいずれかを自ら選択することができる結果となる。この二つの解釈を前に説示した刑事手続内における押収物についての処分ないし裁判の性質に比照して考えるときは右解釈中前者を採用することの不当たるは自ら明らかだとせねばならないのに対し、後者を採用すれば右の間何等の矛盾なき結論を導き出し得るのである(大審院昭和四年十二月十一日判決、民集第八巻第十二号第九百二十三頁はまさしく右前者の見解をとるものである)。これを本件について見るに、原告は結局においてその主張の物品が賍物であり原告においてこれを同種の物を販売する商人から善意で買受け、訴外広政幸之祐に対する賍物故買被疑事件につき任意に被告重乃に提出したもの(この点につき原告としては自己に返還されないことが当初より判明していれば任意に提出しなかつたという趣旨の主張をなすものの如くにも窺えるが右物品が賍物たる以上令状に基き差押の方法で押収し得るわけであるからいずれにしても押収物として取扱われるに至るべき物であることに差異がない)であつて被害者たる訴外有本嘉助が検察官よりその還付をうけその所持を回復したものと主張するのであるからまさしく右説示するところに該当する場合である。そうすれば原告としては民法第百九十四条についての右後者の解釈に立脚し、所持を回復した被害者である訴外有本嘉助に対し終局的に右物品を回復せむと欲するのならば自己の支出した代価を弁償せよとなす請求権を行使し得べき地位にありというべきである。(尤も原告の主張自体に徴すれば右還付が検察官の還付処分としてなされたのか、裁判所の判決においてこれを命ずる言渡がなされたのか必ずしも明確ではないが、いずれにせよ右結論にかわりはない)。結局原告の主張自体に徴するも原告がその主張の如き損害を蒙つたものとは解し得ないのであるから原告の被告京都市に対する本訴請求はすでにこの点において失当として棄却を免かれない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 嘉根博正)

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